病院のサイバー被害は、もう“情報漏えい”だけでは語れない
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今回は、医療機関に対するサイバー攻撃について私見を述べます。
「情報漏洩」だけの対処では、もう足りない
病院へのサイバー攻撃というと、多くの人はまず「個人情報が漏れたか」を思い浮かべます。たしかにそれは重大な問題です。しかしながら、今の医療現場で本当に深刻なのはそれだけではありません。
最近の病院被害では、「電子カルテが見られない」、「予約や検査が止まる」、「救急の受け入れが制限される」、「手術が延期される」、といった医療機関の機能そのものに対する影響が広がっています。つまり、サイバー被害は「情報の問題」だけではなく、「医療が止まる問題」になっているのです。医療分野の災害対応や継続計画を扱う米国HHSのASPR TRACIEも、近年の医療機関へのサイバー攻撃は患者ケアと業務継続のあらゆる側面に大きな影響を与えていると整理しています。
「Recent cyberattacks on healthcare facilities have had significant effects on every aspect of patient care and organizational continuity.」― ASPR TRACIE
実際に、病院は“機能不全”を起こしている
これは大げさな話ではありません。実際に、サイバー攻撃の影響で診療機能が止まった事例が相次いでいます。
米国では2026年、ミシシッピ大学医療センターがランサムウェア攻撃を受け、州内の約3ダースの外来診療所を閉鎖し、選択的処置も中止しました。電子カルテ基盤を含む多くのシステムが影響を受け、救急部門は継続したものの、現場は手作業での運用を強いられました。
ベルギーでも2026年1月、アントワープのAZ Monica病院がサイバー攻撃を受け、サーバー停止を余儀なくされました。その結果、予定手術が中止され、重症患者7人が他院へ搬送される事態になりました。
ここで見えてくるのは、病院のサイバー被害が「データを盗まれた」で終わらないという現
実です。病院では、情報システムが止まること自体が、そのまま診療への打撃になります。
なぜ、病院での“機能不全”がそんなに重いのか
病院は、さまざまな機能が密接につながって動いています。受付、電子カルテ、検査、画像、薬剤、会計、ベッド管理、救急対応。これらのどれか一つでも大きく止まると、ほかの部門にも連鎖的に影響が及びます。
たとえば電子カルテが見られなくなると、患者の既往歴や投薬情報をすぐ確認できません。検査結果の確認が遅れれば診断も遅れます。画像システムが使えなければ、急患の評価にも支障が出ます。病院のIT停止は、単なる「業務効率の低下」ではなく、患者安全の低下につながりかねません。ASPR TRACIEでも、EHR停止への備えの重要性が強調されています。
「This article examines the importance of planning for electronic health record (EHR) downtime…」― ASPR TRACIE
守るべきは「情報」だけではなく「医療の安全性および可用性」
病院のサイバー対策というと、これまでは「不正アクセスを防ぐ」「情報漏えいを防ぐ」といった話が中心でした。もちろんそれは必要です。ただ、今はそれに加えて、「攻撃を受けても安全性を保った診療を続けられるか」といういわゆるレジリエンシが求めらてれいます。
米国HHSの405(d)プログラムが出している Operational Continuity-Cyber Incident Checklist でも、サイバー攻撃による長時間停止を前提に、対応と復旧のための運用テンプレートが示されています。つまり、重要なのは「侵入されないこと」だけではなく、「侵入されたあとも危険な止まり方をしないこと」なのです。
病院に必要なのは、たとえば次のような発想です。まず、どの機能が止まると患者への影響が大きいのかを見極めること。次に、その機能が止まっても最低限の診療を続けられる代替手順を用意すること。そして、その手順が机上の空論で終わらないよう、平時から訓練しておくことです。こうした備えは、サイバー対策であると同時に、医療安全対策でもあります。
「漏えい」から「止まらない設計」へ
病院のサイバー被害を、もう「情報漏えい」の話だけで語ることはできません。現実には、病院は攻撃されることで診療機能を失い、救急受け入れや手術、検査、転院調整にまで影響が広がっています。
これからの医療セキュリティで問われるのは、機密性だけではありません。止まらないこと、止まっても安全に続けられること、つまり可用性と継続性です。
病院にとってのサイバー被害は、もはや「情報が漏れたか」だけでは測れません。本当に問われているのは、「医療を止めない設計ができているか」なのだと思います。


